9月「高齢者それとも老人?」

今月9月20日、教会では敬老の日を祝うことになっておりますので、この無名の作者の言葉を皆さんに紹介したいと思います。片瀬教会の皆様は、老人ではなく高齢者であるように希望しております。

高齢者は歳を重ねた人で、老人は快活さを失った人。
もし夢を見るなら高齢者、ただ眠っているだけなら老人。
いまだ学ぶ気持ちがあるなら高齢者、好奇心を失ったら老人。
スポーツをしたり体の鍛練をする気持ちがあるなら高齢者、ただ休んでいるだけなら老人。
カレンダーに明日の予定があるなら高齢者、カレンダーが昨日までしかないなら老人。
高齢者は長い人生を豊かに生き、大いなる経験を積んだ喜びを持って、過去と現在の架け橋となっている。老人は長い人生の経験を未来の世代に伝えないで悲観的な事や失望を伝えるので、過去と現在の架け橋になれず、過去に執着して現在との間に溝を作ってしまっている。
高齢者は毎日を新たにする。老人は毎晩がっくりしょげている。
高齢者は計画的、老人は感傷にふける。
高齢者は人生の残りの時間に価値を置き、老人は死が近づくことを思い悩む。
高齢者は現代に合わせて若者と話し合い、新しい時代を理解しようとする。老人は時間にしがみつき、貝のように閉じこもり現代に合わせる事を拒否する。
高齢者は豊かな計画と希望のある活き活きした人生を送る。彼らにとって時間は早く過ぎ去るが、老いは訪れない。老人はぼんやり過ごし時間を無意識に過ごしてしまい、空しい人生をおくる。
高齢者のシワは笑顔で作られたので美しい。
老人のシワは嘆きの印だから美しくない。

要するに高齢者と老人は同じ年齢なのです。でも心の年齢が全く違う人です。あなたは老人にならないように頑張っていきましょう。