9月「虚栄心とユーモア」

9月になると教会として決まった話題は、おそらく敬老の日と一粒会大会だと思います。しかしこの記事を書こうとしていた時は、まだ8月だったのでオリンピックの真っ最中でした。毎日テレビも新聞も特に日本の選手がどのくらいメダルを勝ち取ったか、または一生懸命頑張ったことを誇らしげに報道していました。日本に起こっていたことは多分どんな国でも起こっていたので、自分達の国の選手を応援し自慢していたことでしょう。これは自然なことですが、自分達の中にあるちょっぴりの虚栄心を表しているのではないかと思います。この“ちょっぴり”の虚栄心があまりにも大きくなると、自己コントロールがきかなくなり、笑われる様な人間になってしまいます。

Henri Bergson というフランス人の哲学者(1927年のノーベル文学賞)は次のような“手当”を勧めていました。「自分のことについて笑い、自分自身の見栄と距離をとることです。つまり非神話化することです。」

残念ながらうぬぼれている人は、あるリミットを越えるとユーモアも感じなくなり、自分のやり方についてのちょっとしたふざけたことも受け入れなくなるような気がします。

他のフランス人の作家 Saint-Exupéryによりますと「見栄っ張りの人は褒め言葉しか聞こえません。そしてたびたび本当の褒め言葉とお世辞を見分けることができなくなります。虚栄心のための唯一の治療はユーモアなのです。」とも言っています。

皆さん私たちはその点についてどうでしょうか?
イエス様も福音書の中で何回もおっしゃっています。
「先の人は後になり、後の人は先になる」

いつか神の家に戻ったとき、私達は謙虚さとユーモアの金メダルを勝ちとるでしょうか?

マリオ・バラーロ神父