9月 聖書講座を担当して

皆さん、大型連休の後、5月から7月まで片瀬教会で初めて「聖書入門講座(水曜日午前10時~11時、土曜日午後7時30分~8時30分)」と「旧約聖書講座(木曜日午前10時~11時)」を担当させていただきました。それぞれの「聖書講座」を通して、できるだけわたし自身が参加された大勢の方々とともに、まず「神のことば」に耳を傾け、そして、神のことばに照らして、幾つかの基本的な問いについて考えることができたことをありがたく思っております。9回行われた「聖書入門講座」の中で、マタイによる福音書の9章から28章で紹介されたイエスさまに出会い、以前に預言者たちが語ったすべてのことがイエスさまのうちに実現したことを強調させていただきました。10回行われた「旧約聖書講座」の中でも、「旧約」と「新約」との一致に焦点を当てようとしたのです。担当させていただいた「講座」には、確かに「限界」があった、と認めざるを得ません。聖書の文字通りの意味を全く紹介することができなかったので、多くの方々のご期待に背いてしまったことをお詫び申し上げます。

それぞれの「聖書入門講座」と「旧約聖書講座」の準備の段階では、つねに「カトリック教会のカテキズム」の102項に記されていることに導かれて、準備を進めてまいりました。それでは、「カトリック教会のカテキズム」は102項で何を言っているのでしょうか。「聖書のあらゆることばを通して、神はただひとつのことばを語られます。それは唯一のみことばであり、その中でご自分のすべてを説明なさいます(ヘブライ1・1-3参照)。『思い出してください。聖書の初めから終わりまで述べられているのは、神の一つの同じみことばです。すべての聖書記者の口から響き出るものは、一つの同じみことばです。そのみことばは、初めから神のもとにおられる神として時間的な存在ではないから、音節を必要となさいません』(聖アウグスチヌス『詩編講解』)」。さらに、講座の準備段階では、「予型論的な読み方」を優先させていただきました。「教会はすでに使徒時代から、またその後の伝承の中でたえず、予型論を用いて二つの契約の間に見られる神の計画の一貫性を明らかにしてきました。この予型論は旧約時代の神のわざのうちに、時が満ちて人となられた御子において神が実現されたことの前表を見分けます。したがって、キリスト者は旧約聖書を、死んで復活されたキリストに照らして読むのです。……新約聖書もまた、旧約聖書に照らして読まれる必要があります。……新約聖書は旧約聖書の中に隠され、旧約聖書は新約聖書の中で明らかにされるのです」(『カトリック教会のカテキズム』128-129項)。

夏休みの後、それぞれの「聖書講座」は、9月5日(水)、6日(木)、8日(土)に再開されます。水曜日と土曜日のクラスの皆さんとともに、「教会と秘跡」を勉強したいと思いますが、木曜日のクラスの皆さんとともに、パウロの手紙の中で取り上げられている「課題」を深めようと思っております。どうぞ、よろしくお願いします。