9月 シルバーエイジの詩

私は9月になると頭に浮かぶのは敬老の日のことです。今年も特に敬老の日を祝う皆様と共に次のような言葉を味わいたいと思います。

“足は股関節の痛さでよく歩けなくなりましたが、
音楽を聞くとまだ踊りたくなるのです。
声はしわがれてしまい、音程はしばしば外れます。
それでも主よ、まだ歌い続けたいのです。
目はかすみ、ものはおぼろげにしか見えません。
でも主よ、かまいません。目を閉じてもあなたを見つめることができます。
耳は遠くなり、耳鳴りもします。
いいんです、主よ、心で御声(みこえ)を聞くことができます。
皮膚はカサカサで、顔はしわだらけであっても、
主よ、あなたの目で見られたら、かわいい子です。
脳は老化し始め、忘れることが多くなっても、心だけは忘れはしません。
心はもう若くないし、それほど清くもありません。
しかし主よ、いまだに愛されるとわくわくするのです。
腰が曲がったにしても別に構いません。
それは主よ、いつか御許(みもと)に行く希望を持っているからです。
友人も親戚もだんだん減ってしまいました。
主よ、その意味は、あなたがお迎えに来ようとしていらっしゃるからです。
時が来たら私を忘れないで下さい。
天国でともに笑いたいからです。”

皆様このような精神で、余生を過ごす事ができるように、心から祈ります。