8月「節電」

長い間、電気を使うのは当たり前のことで、いつかそれが足りなくなるかもしれないと、おそらくだれも考えたことがなかったかもしれません。

明るくても電気をつける。テレビを見ていなくても、朝から晩までつけっぱなし。扇風機の代わりにエアコンを使うのは当然で、町ではいろいろな電気の看板をつけていましたが、電気が足りなくなったので、その有り難さを感じながらも、みんな心配して無駄な電気を使わないように呼びかけられています。節電をするのは、多少不自由である反面、私たちの生活のリズムを見直すような時代に近づいたことを自覚させてくれます。

ところがこの状態を考えながら、一つのイエス様のたとえ話を思い出しました。つまり、畑に隠された宝を手に入れるために、財産を全部売りはらって宝のある畑を買う人の話です。よく考えてみますと、結局人間は大事なものを得るためには、それ程大事でないものをカットすべきでしょう。それでは私たちの人生において、大事と思うことは何でしょうか。それに達するためにカットすべきことは何でしょうか。それぞれ自分の目的があるでしょう。ただその中にキリストがどんな場所を占めておられるでしょうか。カットすべきと思っている中に、神がいらっしゃらないことを希望しています。

皆さん、私たちの人生の節電は、どんなものでしょうか?

マリオ・バラーロ神父