8月「休み」

8月になると最近は日本でも仕事から離れて休む時間を取れるようになったと思います。

私も3年ぶりの休暇でイタリアへ1か月戻ります。日本ではそんな長い休みを取ることは滅多にないので、少し罪悪感を感じます。

ただ今年78歳になって、最後の帰国になるかもしれないと思い、イタリアにいる家族みんなの為に帰国するのは義務かの様にも思います。個人的なことを置いておいて、休むことについて少し考えたいと思います。
休みを取るのを憧れても、人によって年齢によってその自由な時間の過ごし方は違ってくるでしょう。先日一人の奥さんは、「私は主人、子供たち、家事などから離れて、二三日一人で温泉にでも行きたいものです。」とおっしゃいました。

その方の気持ちはよく理解できるつもりですが、ただ時々最初のいい気持ちの後、思いがけない感情が生まれることがあります。

ひとりで時間を過ごすためにある意味で準備がいります。自分自身が平和でなければ、またひとりで考えることに慣れていなければ、静かな時間は嫌になり、早く人との接触や賑やかな雰囲気を求めるようになるでしょう。ひとりになることと、孤独を感じることは大違いです。
創世記には“人は独りでいるのは良くない”(2.18)と書かれていますが、毎日の生活の中で、少しずつ沈黙の時間をつくることは大事でしょう。キリスト信者であればその静かな時間に反省したり、神に心を向ける習慣を身に着けることです。そうすればひとりになるとき退屈と不安がなくなり、孤独ではなく心の平和を感じると思います。この夏には自分の自由な時間の中でそのような過ごし方を深めていけば大変有益な休みになるのではないかと思います。