8月「ジョギング」

すらりとした格好を保つのは難しくない時代がありました。例えば中世紀には、医者は特別なダイエットを命じる必要はなかったのです・・・飢饉で十分でした!
現代の先進国では、良い格好を保つためにフィットネスクラブに通ったりジョギングをしたり特別なダイエットに従うしかなさそうです。

夜、境川に沿って散歩する時、必ず一人か二人の人がジョギングをしているところに会います。その時 FULLER FIX というジョギングを普及した人のことを思い出します。彼は52歳の時、ジョギングをしながら・・・亡くなりました。皮肉屋の作家であったマーク・トウェインは「トム・ソーヤの冒険」という本の中で、次のような事を書きました。「自分の人生の中でやった唯一のスポーツは、スポーツマンの友達の葬儀に行くことでした!!!」

このようなことを書くのは、別に人が自分の体を格好よく作り上げるのがいけないと言うためではありません。ただテレビの宣伝の成果かも知れませんが、人々は自分の体の格好ばかり気にするような気がしてアンバランスだと感じています。パウロはコリントの手紙の中で「あなたがたの体は、キリストの体の一部分であり、神からいただいた聖霊が宿っていて下さる住まいなのです。その体で神を讃えなさい。」 コリントⅠ 6.12~20参照

この言葉を読みますと、体は大事なもので「聖(せい)櫃(ひつ)」のようなものとして尊いものですが、私たちは体と心を磨くことを同じように真剣に考えているでしょうか?パウロがおっしゃるように、私たちは自分の体を通して神を讃えているかどうか考えてみましょう。

マリオ・バラーロ神父