7月「75回目の夏」

今月は、私にとって特別な誕生日を祝うことになります。75才になり、正式に老人の仲間入りをして、敬老の日を祝う資格が生まれると同時に、教会法では、主任司祭として退任する日になっております。つまり世間で言えば、退職する時期になりました。ただ司祭が少ないので、まだ元気だからもう少し頑張ってくださいと言われました。 “馬がなければロバが走る”(イタリアのことわざ) ので、もう少し仕事をさせていただくことができて有難いのですが、やはり年とったことには違いありません。これはちょっとくやしいです!!!

一般の社会人は、その時の受け止め方はそれぞれ違うと思いますが、私にとってちょっと複雑な気持になります。

1963年、船に乗って日本に向かった時、希望と不安をかかえながら、すべてイエス様に捧げようと思って、出かけてきました。その時から48年過ぎた今、まず神に感謝する気持で一杯です。苦しい時があれば、様々な失敗もありましたが、総合的に見れば幸せな75年間でした。生まれ変わることがあったら、また同じ人生を歩みたいと思います。ただ残念ながらイエス様に対する強いと思っていた愛が、実際にはいかに弱いものであったか分かって、申し訳ない気持を強く感じながら、大勢の人々にいつもよい手本をみせることができなかったことを思うと心が痛みます。イエス様は私を見て、どう思っていらっしゃるでしょうか。本当に神の憐れみに頼るしかありません。残り少ない人生は、神に委ねておぼし召しのままに生き、今までよりももう少しイエス様と共に歩みたいと言いたいところですが、おそらく今まで通りあまり変わらないかもしれません。どうか皆さん、私の・・・“回心”のためにお祈り下さい。

神のもとに行った時に言われたいのは「あなたを知りません」ではなく、十字架につけられた強盗におっしゃったことと同じように、「今日私と共に楽園にいる」ということになれば幸いと思います。

マリオ・バラーロ神父