4月「“日常”の聖マリア」

5月といえばカトリック信者にとってマリア様を連想します。第二バチカン公会議の信徒使徒職の教令に次のように書いてあります。

「聖マリアはすべての人と同じように、地上での生活において家庭の世話と仕事に追われながら・・・」 その言葉はある意味で画期的な言葉だと思います。

マリアは雲の上にいらした方ではなく、皆と同じ生活をなさいました。あの当時のどんな主婦とも同じように、井戸へ水を汲みにいったり、すり鉢の中の麦を砕いたり、一日の仕事を終え、疲れて夜の涼しい風を味わったりしていらしたでしょう。もしかしたらマリア様も健康上の問題があったり、ヨゼフ様の仕事があまりなかったときには、毎日の糧を得るために苦労したり、イエス様の成長を見守りながら心配なさったこともあるでしょう。どんな妻とも同じように、夫との関係が難しくなった時もあったかもしれません。

一時的にマリア様の“光の輪”を外すことは、マリア様の偉大さを否定することではなく、ただ私達と同じ様な生活をなさったことにおいて、愛情を感じやすくなるからでしょう。救い主のお母さんであり、無原罪、被昇天の恵みを受けて高いところにいらっしゃいましたが、鍋と手織り機、涙と微笑み、祈りと人との対話、羊毛の玉と聖書の巻物の間に、女性として妻として母として、悪意のない喜び、絶望のない苦しみ、帰還のない出発などを体験した中に偉大さがあると思います。

今月この様な“日常”の聖マリア様をくださった神様に心から感謝いたしましょう。

マリオ・バラーロ神父