4月「主よ、どこに・・・」

その時、私は叫びました。
わが主よ、何故こんな苦しみがあるのでしょうか?
地震が地面をひっくり返した時、どこにいらしたのでしょうか?
津波が数え切れない命を奪った時、どこにいらしたのでしょうか?

主よ、どこに・・・
主の声が聞こえたかのように感じました。
私はいつものように十字架の上にいます。
苦しむ人と共に苦しみ、泣く人と共に泣き、死ぬ人と共に死にます。
人間をすべての十字架から解放する為に来たのではなく、これに耐えられるように、そしてよみがえりを与えるために来ました。

主よ、私は目があってもあなたが見えません。
耳があってもあなたの声が聞こえません。
あなたを捜しても見つかりません。

主はおこたえになりました。
あなたが行きたくないところ、私はそこにいます。
あなたが見たくないところ、私はそこにいます。
あなたが聞きたくないところ、私はそこにいます
あなたが赦したくないところ、私はそこにいます。
私を捜したいならば、自分のことよりも他人のことを思いなさい。
あなたを救ったところ、すなわち十字架の上、私をそこに見つけるでしょう。

そして私を見つけたならば、私のあわれみと命を与えられるでしょう。

マリオ・バラーロ神父