4月「わたしの道のひかり」

お釈迦様は弟子たちに「なんじ自らを灯(ともしび)とし、なんじ自らをよりどころとせよ」とおっしゃいましたが、聖書に強調されているのは、私たちを超える光によって、自分の道が照らされるようにということです。

ニューマン(1801年~1890年)は神学者であり哲学者でもあった方で、聖公会からカトリックになり、そして枢機卿になったのです。彼は次のように書いていました。
「優しい光よ、この闇の中から私を導いてください/夜は暗くて、私は家から遠くにいます/私を前に導き、私の歩みを照らしてください/遠くに地平線を見なくても構いません一歩だけ見えるなら充分です。」

今月は復活祭を祝いますが、その出来事を信じる人にとって、それは一番大きな光であり私たちの信仰の基礎です。ところで信仰は本当に私たちの歩みを照らして下さるでしょうか。または他のものがその光を消してしまうでしょうか。光と闇が混ざっている私たちにとって、答えは簡単ではないかもしれません。巡礼者はまだ目的地まで辿りついていないのなら歩み続けます。私たちも道の途中なので、必要としていることは二つあると思います。

一つは止まらないこと。もう一つは光を失わないことでしょう。

皆さん、この復活祭には、もう一度キリストの光を通して自分の生き方を“点検”しながら、キリストと共に歩むことが大事でしょう。庭には雑草があればバラもあります。私たちは罪びとであってもイエスを愛しているので、パウロのおっしゃったように“キリストと共に死に、キリストと共によみがえる”ことが自分たちの人生の目標になるように求めていただければ、素晴らしい復活祭を迎えることができるでしょう。

マリオ・バラーロ神父