3月「戸口に立ってたたいている」

東方教会では四旬節に入ることを1か月前から典礼を通して信者に予告します。なぜかというと、その時期は霊的な生活のためにとっても大事だからです。

人生におけるたくさんの心配の中で、自分の霊的な生活についても考えるべきであると気がついたならば、教会の1年間の典礼の流れをもっと大事にするでしょう。

食べ物がどのくらい自分の健康のために大事であるかを、みんな納得していると思います。信仰生活の場合も同じでしょう。祈り、勉強、ミサなどを通して、自分の信仰を育てていくのは当たり前ですが、そう思わない信者が少なくないでしょう。ただ世間に恥ずかしくない人間ならばそれで十分でしょうと。イエスご自身は「人はパンだけで生きるのではない。神の口から出るすべてのことばによって生きる」(マタイ4.4)とおっしゃいました。体の食べ物を頂く時、健康に害がないように気をつけていると同じように、心も良いもので養うのは当たり前でしょう。体の中毒よりも心の中毒(無関心と怠慢)の方がはるかに直し方は難しいと思います。

四旬節は私達の内面的な部分と信仰生活を大事にする時期だと思います。その時期は、はかないもの、つまらないものなどに時間をつぶしたことへの反省と悔い改めの時期でもあります。四旬節の時期は私達の内面的なものを活かし、信仰を深めていく時でしょう。

聖書には「私は戸口に立ってたたいている」と書いてあります。「もし、だれかが私の声を聞いて戸を開くならば、わたしは彼のもとに入ってともに食事をする」 (黙示録3.20)

もし自分の心のドアを開けたら、すべてが変わってきます。
すべて意味があり、キリストについていく喜びを感じるようになると思います。
どうか皆さんこの時期がもっとキリストに近づく機会になるように心から祈ります。

マリオ・バラーロ神父