3月「ダイヤモンド」

原石のダイヤモンドは、カットされることが必要であるのと同じように、イエス様は復活なさる前に身体的にも精神的にも苦しみを体験されなくてはならなかったのでしょう。私たちは、自分自身をカットしなくてもよいキリスト信者になれると思ったら大間違いだと思います。自分の人生に愛がないなら、死んでいるような状態だと思います。例えば他人に対する厳しい批判、無関心、イエス様のことをいつも最後のところに置いておくなら、そこにキリストの命はありませんので、キリストの復活を祝うことができないでしょう。なぜならキリストと共に復活できないで、精神的な死の中に残ることになるからです。

私達はダイヤモンドのようなものです。皆自分の色、硬さ、目方、光沢などを持っています。しかしまだ原石の状態です。ダイヤモンドと同じようにきれいにするために、いらないものを切り落とすべきです。その作業はやさしく磨くことにあるのではなく、厳しい カットを必要としているのです。自分に対しても、その厳しさがあれば清められるだけではなく、自分の人格の美しさも目立つようになるでしょう。そうなるように神が色々な試練を与えて下さるので、私達自身は自分の性格を磨き、回心し、苦行などによって素晴らしいダイヤモンドになれるでしょう。これは簡単な道ではないので、避けたい気持ちがあると思いますが、他の道はないのです。御復活を迎える前に四旬節と聖金曜日の道を通るしかありません。イエス様と共に、ご復活の時もう少し輝いたダイヤモンドになれるように心から祈ります。

マリオ・バラーロ神父