26.パウロ(6)第三の伝道旅行と監禁(エルサレムの騒動)

第三番目の伝道旅行(53年~56年)は、もう一度アンティオキアから始まります。フリージャとガラテア(現在のトルコ)にある教会を訪問してから、自分の大部分の時間をエフェソの教会の設立と発展の為に費やしました。そのエフェソでは初めてユダヤ人でない人々から反対されたのです。それはその町で崇拝されていたアルテミスへの信心によって多くの人の商売が成り立っていたので、キリスト教に改宗する人が多くなるにつれて、自分達の商売に悪い影響を与えるようになり、激しくパウロに反対したのです。
またエフェソにいる間にコリント人への第一と第二の手紙、又ガラテア人、フィリピ人、ローマ人への手紙を書きました。その後、マケドニアとアカイア(現在のギリシャ)の教会を訪問してから一度エフェソに戻って、教会の指導者たちに感動的な別れを告げ、エルサレム教会の為に集めた諸教会の募金を携えて、直接に船でエルサレムに戻りました。
そこで何人かの人と神殿に行こうとして、ユダヤ人に攻撃されたのですが、幸いローマ人から助けられたのです。しかしユダヤ人から裁判を受けるところだったのですが、パウロを殺そうとする陰謀に気が付いたので、もっと安全な町であるカイザリアに連れていかれました。そこで総督フェリクスはパウロの無実を認めましたが、パウロからお金を取ろうと思って三年間牢屋に入れておきました。フェストという新しい総督が来た時、パウロはローマ人としてローマで裁判を受けたいと願って、その許可が下りました。
58年頃ローマに船で出発しました。