25.パウロ (5) 第二の伝道旅行

AD50年~53年頃パウロは第二の伝道旅行を始めます。残念ながらパウロとバルナバの間で、誰を一緒に連れていくかについて意見が対立し、二人はそれぞれ別の仲間と出発しました。この第二の伝道旅行は、三回の伝道旅行のうちで一番大事なものと思われます。
第一の伝道旅行の時に作った共同体を再び訪ねてからガラテア地方に入り、そして一つの夢をみたことによって、突然マケドニアとアカイア(現在のギリシャ)へも行くことになりました。パウロが訪ねたところは現在のトルコの南東と中央部でした。
そこでアテネを除けば大勢の人がパウロの言葉を信じましたが、成功と同時にユダヤ人から迫害されていつも逃げるしかなかったのです(例えばフィリピ、テサロニケ、ペレアなど)。アテネでは神様について興味深くパウロの話を聞きましたが、その神が人間になり十字架上で死に、復活したということを聞いたとたん皆離れてしまいました。
アテネでは成功しませんでしたが、その次に行った町コリントでは1年半か2年くらいの間に、大勢の人がパウロの言葉を信じて洗礼を受けました。その時までに作った教会の中で、コリントは一番大きな教会だったと言えるでしょう。
コリントに滞在した時に、おそらくテサロニケ人への第一の手紙と第二の手紙を書き送ったのでしょう。その後もう一度エルサレムとアンティオキアに戻りました。