23.パウロ (3) 第一の伝道旅行

パウロはバルナバと何人かの人達と共に47年頃シリアのアンティオキアの教会から異邦人への宣教を本格的に始めました。最初はクプロ島へ行き、そこでは割合に楽に宣教ができて島の総督さえ回心しました。その後そこを去ってパンフィリア地方(現在トルコ中部の南)へ行きました。そこでマルコと呼ばれているヨハネは最初の町であったベルガにたどり着いた時に帰ってしまいました。そのことをパウロは非常に怒りました。
パンフィリアにおいてパウロの伝道の仕方はどんな町に行っても同じでした。まずユダヤ人の会堂に行き、そこで旧約聖書から始まって、イエスの死と復活を伝え始めました。その後異邦人もパウロの話を聞いて、大勢の人は信仰を求めるようになりました。
使徒行録によると特にパンフィリアにおいて、パウロは五つの町を訪ねました。最初は大勢の人がパウロについていくのですが、間もなくユダヤ人の反対が強くなり、町から追い出されます。一番ひどかったのはルステラという町で、ユダヤ人はパウロに石を投げ(ユダヤ人の死刑のやり方)、パウロが死んでしまったと思ってそのままにして行ってしまいました。幸いにパウロの仲間は彼を守り、命を助けられました。
最後に訪ねたのはデルベでしたが、そこからまた逆戻りして前に訪ねた町に行き、新しく信者になった人を励ましてから、もう一度シリアのアンティオキアに戻りました。第一の伝道旅行は約二年間でした。