2.イエスキリストを信じます(2013年1月、2月)

イエスという名前はヘブライ語で”神の救い”という意味ですが、キリストは名字ではなく、ギリシャ語で”救い主”という意味のことばです。
聖書によりますと、イエスの誕生の次第は次のとおりです。

マリアはヨセフと婚約していたが、同居する前に、聖霊(神)によって身ごもっていることが分かった。・・・ヨセフは主の使いに命じられた通り、妻マリアを家に迎え入れたが、それまでヨセフは彼女を知ることはなかった。そしてマリアは初めての男の子を生んだ。(マタイ 1章18節~25節)

大勢の方がこの話を神話としか思っていないし、こんなことはありえないと考えています。確かにすべての創造主である神を信じないで、自然しかないと思う人にとって、受け入れられない話でしょう。
しかし、創造主である神を信じる人にとって、”神にはおできにならなことがない”と思っています。したがってすべてをお創りになった神が、一人の乙女を母にするのは別にありえない話ではないでしょう。

同じように福音書に書かれたさまざまな不思議なしるし(奇跡)についても言えるでしょう。そこにキリストを信じるか信じないかの、ひとつの分かれ道があると思います。

イエスはベツレヘムでお生まれになったのですが、ナザレトで育てられました。ヨゼフは大工だったので、おそらくイエスもその仕事をされたでしょう。 およそ30歳頃までイエスは一般の社会機構の中でその活動をしながら、ごく普通の家庭生活の中でお暮しになったと思われます。

イエスは私生活においてよいお手本を残して下さっただけではなく、神に対する理解、またどのような形で自分の使命を果たすかを考えておられたのでしょう。
すなわち神は、普通の生活様式において生きる事を望まれ、隠れるように、しかし一般人の普通の生活を人とともに生き、目立たず歴史にも残らない生活において、私たちの近くにおられる神であることを教えて下さったのだと思います。

教会は聖家族という祝い(いつもクリスマスの次の日曜日)を通して、イエスが普通の家族生活をおくったということを強調しているのでしょう。そしてそのことによって、神のわざを行う前には、必ず祈りと沈黙の期間が必要であるという教訓を得られるでしょう。