2月「丸太とおがくず」

今月教会では信徒総会が行われる予定です。それをきっかけとして、片瀬教会の信仰の面を考えたとき、たくさんの良いところがあるにも関わらず、どうしても足りない部分を先に感じて、悲観的な気持ちになろうとしていたところで、偶然(神の戒め?)BONHOEFFERというドイツ人の牧師さんの言葉を読みました。

「牧者は自分の共同体を批判してはいけません。がっかりするよりも、まず自分自身の足りなさを認め、兄弟のために祈り、自分の責任を果たし、そして神に感謝しなさい。」

この言葉はご自分の教会の司教と牧師に対してのものでしたが、私にもピッタリでした。そして次のように続きました。

「度々共同体の限界と欠点を批判してしまった後、心に嫌な気持ちしか残りません。もっと清い、もっと熱心な、もっと生き生きした教会を望むのは当然です。しかし教会はキリストだけによって成り立つものではない、ということを忘れてはいけません。人間によっても成り立っているのです。教会には聖霊の息吹だけではなく、人間の息苦しい呼吸もあります。それでまず私自身がもっと清く、もっと熱心に、もっと生き生きしてから、信者にこれを求めましょう。“丸太とおがくず”の精神は、どんな共同体においても生かすべきではないかと思います。」

結局、片瀬教会の足りないところについて書きたかったのですが、その牧師さんの言葉を読んで、自分の反省だけになってしまいました。

しかし“牧者として時々どうしても注意すべきこと”もありますのでご理解ください。皆さんを苛めるためではなく、パウロの言葉を借りて言えば、「あなたがたに恥をかかせようとして、このようなことを書いているのではありません。愛するわが子のように諭そうとしているのです。」(コリントⅠ 4,14)

マリオ・バラーロ神父