16.体の復活

信仰宣言の最初から二番目の信仰箇条としては、“体の復活を信じます”と唱えます。

コリントの教会では、ある信者は体の復活があり得ないと言い出してしまったとき、パウロは強い調子で次のようなことを書きました。

1.人間の復活がなければ、キリストも復活しなかったでしょう。

2.キリストが復活しなかったならば私たちは今なお罪の状態に留まっている、つまり罪があがなわれなかったのです。

3.私たち(パウロ)は間違ったことを教えたので嘘つきになります。

4.キリストと私たちの復活がなければ、私たちの信仰はばかげています。

(コリント第Ⅰの手紙 15章17~29参照)

その上イエスは生きていらしたとき、はっきりと体の復活を教えたので、キリスト信者にとって疑う余地はないでしょう。(マタイ22章30節参照)

来世を信じる宗教はたくさんありますが、体の復活を宣言したのはキリストだけであり、私たちにとって最高の喜びでしょう。

復活の時期について、ヨハネの福音書には次のように書いてあります。

私を遣わされた方のみ旨は、わたしが与えられたすべての者を一人も失うことなく、終わりの日に復活させることである。”(ヨハネ6章39~40)

その“日”を待ちながら信じる人の体と魂は、すでにキリストと共に生きているのです。パウロによりますと、”体はみだらな行いの為にあるのではなく、主のためにあるのです・・・あなた方の体は聖霊が宿っていてくださる住まいであり・・・・その体で神を讃えなさい。

(コリントの第Ⅰの手紙6章13~15、または19~20)