12月「旅」

マタイ福音書は、三人の不思議な人物が、遠くからユダヤ人の王を探しにいらしたという出来事が示されています。この待降節の間、私たちも三人の占星術師のように、イエスを探す姿勢は大事ではないかと思います。

日常の生活には、苦労、試練などがあり、その上特にキリストの不在社会の中に生きる私たちは、幼子イエスに出会うのは、簡単なことではないと思います。クリスマスを迎えるための準備として、まず自分自身に問いかける必要があるのではないでしょうか。つまり、私が何によって生きるのか、自分の宝はどこにあるのか、自分の喜びはどこから生まれてくるのか、など・・・。

毎日、毎週、毎年、自分の頭と心にある思いは、大切な美しい気高いものであるかどうか。キリストは自分の人生の中でどんな場所を占めていらっしゃるかを考える必要があるのではないでしょうか。

待降節は、そのようなことを思う時期だと思います。しかしこのような反省は必要であっても、私達を変えることは難しいでしょう。もっと必要なのは子供の時の様に、宗教心を取り戻すこと、神に委ねる心、キリストを愛する心を感じることでしょう。その気持ちは、心からの祈りの中に見つけられるのではないかと思います。

あの三人の占星術師が遠くからいらしたのは、イエスに会いたい気持ちがどんな人よりも燃えていたからでしょう。待降節というものはそれなのです。キリストに出会いたいので、キリストに近づく旅をすることではないかと思います。

最後に、よいクリスマスを迎えるように、よい待降節を過ごしましょう。

マリオ・バラーロ神父