11月「気高い憧れ 気高い幸せ」

「指先を人生の中に入れたが・・・何の味も感じなかった。」 また「人間にとって信仰はいちばん気高い憧れである。どんな時代にもその目標までたどり着かない人がたくさんいるが、それ以上いかれる人はいないだろう。」

その考えを表す言葉を書いたのは、デンマーク人の哲学者であったセーレン・キルケゴールでした。ちょっとわかりにくい言葉ですが、私なりに理解したのは最初の言葉は、コヘレトのように人生の色々な体験をしてから「すべて空しい」と感じている人のことだと思いました。人生に精一杯の目標を持って生きていかないで、喜びと希望を持っていないなら、そのような人は生きていても実際にはもう死んでいるかのようなものです。

逆に二番目の言葉は、信じるものに出会い、そのために生きることで幸せな気持ちを
持っている人のことではないかと思います。しかし、その気持ちは必ずしも決定的なものではありません。いつも力、情熱、光をもって作り出すべきものだ
という意味でしょう。

11月1日は諸聖人の祝日ですが、教会は彼らを私たちの模範として紹介してくださいます。彼らは人生の意味と魅力を絶えず探し迷いながら神を求め、イエスについて
いった人たちのことでしょう。

地上では信仰以上の“気高い憧れ” はありませんが、死の彼方には信仰によって神の愛に満たされて、それ以上の“気高い幸せ”はないと信じています。

どうかこの地上にいる間に、諸聖人の祈りによって支えられ、その“気高い幸せ”に達することができますように互いに祈りましょう。