洗礼式を迎えて S.S

洗礼式の日の朝、いささかの不安と重い気分で家を出た。
しかしそれらは見事に払拭された。何という素晴らしさだろう。言葉などという安易なものでは表現できない感動に包まれた私がいた。
何かに包み込めれているような温かさは何だったんだろう。幸せいっぱいで信仰の道に導いて下さった方々に大声で叫びたい衝動に駆られた。「ありがとう!」
私は生まれ変わって神の導きと助けを信じること、祈りと思索により信仰を深めること。マリオ神父様のもとで聖書の勉強をさせて頂いて、私なりの拙い結論に達した。聖書から学んだことは、人間の心の温かさ、思いやり、素直さ、そして厳しさ、おそれ等々。聖書は心で読むものであることを痛感した。
共同体の皆さまと共に歩んでいけますように。マリオ神父様有難うございました。彼のグローバルな考え方が好きです。
人は死ぬ時、それまでくっついていた名誉も肩書も学歴も財産もすべて無になってしまって、残っているのは素のままの自分だけ、すべてを取り払った時に残っているのは、心そして自分の生き方、影法師のように後ろについて来る1本の道だけ。私は今迄ずいぶん色々なことを模索し悲しんだり苦しんだり時には喜びもあった。しかし戦争の時代に子供だった私には、食べるものがなくて空腹で死にそうだった思いは今でも忘れられない。だから現在戦火の中で生きている難民の人達のことを思うと胸が痛くなる。私には何が出来るだろうか。私が「ありがとう」と叫んでいる間にも彼らは何人亡くなっていくのだろうか。子供たちの目の美しさが忘れられない。自分のしあわせの中で、こんなことをふと思った。