大浦天主堂 (日本二十六聖殉教者天主堂)長崎

日本では1500年代秀吉の時代にキリスト教は禁止され、江戸時代まで続いていました。幕末開国が 決まると外国人地区では許可され、神父達が来日するようになりました。禁教令は明治に入った1873年に廃止されました。この聖堂は1862年に来日したプティジャン神父とそれ以前に来日していたジラール神父との共同で建てられました。ゴシック調の国内現存最古の聖堂で国宝にも指定されています。長崎で殉教した、まだ12歳のルドビコ茨木を含む26聖人に捧げられた教会で、殉教地の長崎市西坂公園に向けて建てられています。1865年に完成した時、数名の婦人たちがプティジャン神父に「サンタ・マリアのご像はどこに?」と問うた事で「信徒発見」とされています。長い間の司祭不在の中で信仰を守り続けた信者がいたことは奇跡とされています。2015年はその時から150年となり記念ミサが行われました。長崎のキリスト教会群を世界遺産の登録候補としていますが、ここもそのひとつです。