受洗にあたって K.O

「また教会?」この一言が私の人生を変えるきっかけとなったのかもしれない。
家内がカトリック片瀬教会のお世話になっていて丁度マドンナ会の活動とかで、それこそ毎日のように教会へ通っていた頃であった。
私は定年退職後、毎日が日曜日…テニス、ゴルフ、麻雀、ギターそしてショッピングの為の徘徊と動き回っていたが、冒頭の言葉で家内を送り出していた時、きっと私が冷ややかな目で見ていたと思ったのだろう。
ある日「キリスト教のイロハも理解しないで云々言って欲しくないわ!」と家内から言われてしまった。
何しろ、私の実家は一応仏教ではあるが法事の時と墓参りくらいしか縁もなく、私も人生66年、自分では精神的に強い人物で仕事、スポーツなどで神頼みなんて必要ないと思って生きてきた。そんな中、家内の言葉が気になって昨年の一月からのマリオ神父様による聖書入門講座を受講する決心をした。もともと家内と一緒に片瀬教会のイベントなどには顔を出させて頂いていたのでマリオ神父様はじめ多くの方々とは面識があり、人見知り?な私でも片瀬教会は親近感のある場所であった。
講座の初日、最初に信仰の心構えとして「理屈だけでは信仰は得られない」「信じようと思う気持ちが大切」「勉強だけでは絶対に信仰を得ることはできない」そして「祈る心が大切」とマリオ神父様からのお話しを伺い初回は不安の中で講座に参加したが帰りには自分でも解らない何かすがすがしさを感じたことが思い出される。
毎週水曜日にきちんと参加できるだろうか?内容についていけるだろうか?との不安もあったが、あっという間の一年間であった。二年目を迎え、旧約聖書の講座を続けているが、この春に家内に相談せずにマリオ神父様に受洗したい旨お話したところ、一瞬びっくりされた表情であったのが意外であった。おそらく、まだ受洗の決心はついていないのだろうと思われたのかもしれない。
帰宅して家内に話したところ、家内もびっくりしてとても喜んでくれた。家内も教会の仲間から期待されていたらしく、プレッシャーから解放されたようだった。
結婚して今年で42年を迎えるが、やはり夫婦が同じ神を愛し信じることはこのうえない喜びであり幸せに感じる。
いまだキリスト教のほんの入口に立たせて頂いたばかりであり、特に人生の中で神や仏に頼るという気持ちを持ったことのない自分が「神を信じられますか?」「キリストの復活を信じることができますか?」という大きな大切なテーマでは一抹の不安があるのも事実ですがこれからの残された人生を神と共に生きてゆきたいと心から思っている次第です。
おわりに、今回の受洗にあたってはマリオ神父様のユーモアあふれる暖かい人柄とカトリック片瀬教会で暖かく接して頂いた代父の方をはじめとした沢山の皆様の存在が私の大きな支えとなったことに感謝したい。
14年前に家内と行ったアッシジ。何の宗教心も持たなかった私が、かの地で言葉では言い表わせない感動を覚えたのも、今思えば神様のお導きであったのではないかと思う。
これからがスタート。迷い出た一匹の子羊を皆様是非暖かく見守り導いて頂きたい。
神に感謝。マリオ神父様に感謝。仲間の皆様に感謝。