サンタントーニオ・ダ・パドヴァ聖堂 Basilica di Sant’Antonio da Padova イタリア

 

リスボンで生まれたアントニオはアッシジのフランチェスコに共感してフランシスコ会に入会し、イタリアや南フランスを巡り活動していましたが、パドヴァで病没しました。未だ30代半ば、話術に優れ、民衆に大変人気のある人でした。1231年6月13日に亡くなると、翌年すぐに列聖され、この聖堂の建設も始まりました。ロマネスクのファサード、ゴシックのアーチ、ビザンティン様式のクーポラ、イスラム美術を取り入れた鐘楼など、異なる様式が見事に調和している珍しい巨大聖堂です。聖堂建設の際、聖人アントニオの遺体が埋葬された小教会が礼拝堂として中心に置かれました。完成は1310年。祭壇に説教の達人だった聖アントニオの舌、顎、喉仏、さらには聖ヨハネパウロ二世が教皇時代に銃撃された時の血染めの衣装の一部が聖遺物として保管されており、間近で見ることが出来ます。