「いちじく桑の木」より再び  M.Sさん

十九の冬にプロテスタント教会で洗礼を受けました。時代背景としては、「プラハの春」から飛び火して延焼した全共闘・新左翼運動が社会を席巻したときで、その頃それに身を投じないのは、「権力の手先」でしかないという感覚です。じきに教会から飛び出し、或る左派の組織からのオルグに応じ、マルクス主義に傾倒していきます。
「貧困」を内面の問題としてのみ捉えることなどできない。構造的に抑圧されている「無辜(むこ)の民」は政治的・経済的に解放されなければ救われないという悲愴な使命感のもと、身も心も削って活動に参加していました。資金的にも人員的にも苦しい中、十年も経たぬうちに「弓折れ矢尽きる」思いで、そのグループから離脱しました。

心のリハビリを余儀なくされる中で、やはり自分の行動原理は聖書にあるとの確信を持ちます。事あることに頭に浮かぶのは「安息日は人のためにあるもので、人が安息日のためにあるのではない。」や「狭い門からはいれ。」といった聖句でしたので。

それでも、しばらくは、目に見える教会に属していなくても、「単独者」として神に向き合っていればよいと考えていました。聖書はけっこう熱心に読んでいるし、一般のキリスト者にはその点では負けない、と。

そういえばまだ「新共同訳」では通読してないなと、また『創世記』から読み始めていた途上で、ただ「黙読」だけしている自分は「聖書」の読み方を誤っているのではないかと、或る日はっと気が付きます。「信仰」は内面化するだけではなく、表現されなければならない、それもひとりだけではなく、共同体のハーモニーとして「うたう」べきものではないかと、「教会」に戻りたいと強く願った瞬間です。

「信じる」ということは、あたまで何かを是(ぜ)であると認めることやこころのあり様・志向性のことだけを云うのではなく、心身の全てを傾けて生き、行動することなのだとだんだん思い始めたのです。ギリシア語の「ピスティス(信仰)」とは「忠誠」「誓い」という意味もあります。二十代の頃は福音書やパウロ書簡をあたまで理解しようとして、神学書を読みかじったりしていても、ほんとうには理解できていませんでした。

小学生の頃から愚鈍な私は母から「勉強でも何でも人の倍努力せよ」と言われていました。子どもの頃はそれができなかった。社会に出てから、ひとより優れたところなどひとつもないことを、そういう自分を、そのまま受け入れ、能力の足りないところは誠意で補うようにしてきました。いまは与えられた場所で、ひたむきに主イエスに従って生きていければいい、と祈念しています。